住宅ローンをスピード完済した家

地球にやさしく貯金も増える暮らし

母への未練と長ネギを道に落としてきました

こんにちは

 最近、全然行けてないのですが、時折参加するヨガの先生が教えてくれた事があります。「嫌な事や悲しい事、嫌いな人に気持ちがとらわれているのは、マイナスなのでプラスは無理でも0(ゼロ)ベースに持っていこう」というものです。

 もし、嫌いな気持ちをどうにもできないと思ったら、1年とか2年とか期限を決めて「もう、いいや」って事にします。執着するのをやめると、自分が解放されてラクになるそうです。

 私も「母親や兄に対する嫌な感情」から解放されたいです。私は自分の気持ちをブログで打ち明ける事で、怒りや悲しみを整理してしまいたいのだと思います。

 ブログでここ1ヶ月ほど、2年前に起因する話が続いています。もう少しお付き合い頂けると幸いです。

 

 この先、前回の記事の続きなので未読の方はこちらから先にどうぞ↓

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ちゃんと私の提案を聞き入れてくれていたら、、、

 あの日、8/14まだ暑い夏の日でした。父が私に会いたいと言って、たまに電話をかけてくるので、月に一度は実家に顔を出す様にしていました。

 私は夫が申し込んだふるさと納税で届いた立派なシャインマスカットを手みやげに実家を訪れました。数日前のニュースでは、老夫婦が暑い真夏の夜に冷房をつけないで就寝し、翌朝それぞれの寝室で熱中症で死亡しているのを発見されたと報道していました。

 両親が2年前に入居したマンションは共有通路側の二部屋はエアコンの設置ができません。それゆえに、その二つの寝室の間の廊下がまっすぐつながっている和室にパワフルなエアコンを設置して涼しい空気をサーキュレーターで寝室に送り込む案を、私は両親にすすめてました。

 ところが「○○(長男の名前)がエアコンはリビングにつけた方がいいって言うから、リビングにつける」と母が言い、リビングに設置する事になりました。エアコンはリビングに設置するのが一般的というか当たり前ではありますが、夏の寝室を考慮した上での私の提案でした。

 またしても私の提案は、長兄の一言で一蹴(いっしゅう)されてしまいました。入居は秋で、マンションで初めて迎えた夏よりも2年目の今年の方が夏の暑さがひどかったのです。

 エアコンはリビングに設置されたので、リビングのエアコンをつけて、間の戸を開けて和室で寝た方が良いと両親には伝えました。ところが暑い夜も、父は自分の寝室のベッドで寝続けていました。

私:「30度以上ある部屋で、冷房なしで連日高齢者が寝ていたら死んじゃうよ」

父:「私は大丈夫だから」

私:「確か、数週間前も数日前もエアコンなしで寝て死んじゃった老人いたよね?」

父:「うーん」

母:「○○(長男の名前)がエアコンとサーキュレーター使ったらって言うから、やってみようかしら、、、」

私:「(怒)リビングからだと直角に冷風を送る事になるから難しいけど、やるだけやってみたら?だから当初から私の言う通り、和室にエアコンつければ、まっすぐに冷風を送れたのに、、、」

 私は、寝室を考慮してグレードアップしたエアコンの差額の7万円を引越祝いとして両親に包んでいました。

 

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息子を重んじ、父と娘を軽んじる母

 母:「○○(長男の名前)がお風呂のシャンプーラックとお父さんの冷感マットが汚らしいって言うからニトリに買いに行きたいの。連れて行って」

私の心の中:〔ラックもマットも、洗ったり手入れをしたないから汚くなるんだよ。ずーっとそのままできて、○○に指摘されたら急に慌てて、何で私が買いに行かなきゃならないの?ろくにメンテナンスしないのに、新しく買い替えたって、また汚れるよね?付き合いきれないよ。○○にネット注文してもらうなりしてよ。何で○○の言いなりで、○○の言う事は絶対なの?私の言う事は軽視して、用事だけ頼んで私は何?小間使いなの?〕

 

 私の母は気に入らないと家族でも見切りをつけます。どんな人でも良い所と悪い所があるのに、悪い部分を許容せずに「嫌いな人の烙印(らくいん)を押します」

<母が嫌いな人>

  • 母の母親(私の祖母100歳で他界)
  • 母の夫(私の父)
  • 母の娘むこ(私の夫)
  • 母の娘(私も、あの日ランクイン)

 

 私の父はやさしい性格なのですが、天然ぼけで「宇宙人」と揶揄(やゆ)されるほど、人の話を全然聞いておらず、行動がとっぴな事があり、母もその点では苦労したと思います。なかなか話が通じない父ではありますが、母の両親を旅行に連れて行ったり、母の兄弟の借金を一部負担したり、父なりに母に尽くしてきたと思います。父は酒もタバコも女も賭け事とも無縁でまじめな人です。

 母の兄や妹は、お金や病気で苦労が多かった様ですが、母も父も健康で経済的にも、お金持ちではないにせよ恵まれた暮らしができています。

 ところが母には父に感謝する気持ちが1mmも感じられないのです。父と母は社内恋愛だったので、自分が結婚相手と認めて結婚した以上、母にも責任があるのです。母は「父のせいでストレスがひどいとか、長年の蓄積」と言うけれど、お互い様なんだから妻として最低限の事はしてほしいと思います。

例えば、、、

①主に父が掃除をしているので、父の手や気がまわらない所を母にきれいにしてもらいたい。

②季節が変わっても、衣服や寝具が見合った物になっていなかったら父をフォローしてほしい。

③現状通り、夕食だけは作ってほしい。

④お互いできていないけれど、誕生日のケーキくらいは相手の為に用意してあげてほしい。

 

娘と母の確執 私が怒る理由

   母は、私の夫とは「合わない」と言います。何事ものんびりな父母と、超効率的で計画が緻密な夫とはペースが違うのは仕方のない事です。母が私の夫を嫌うので、一緒に旅行にも行かなくなりました。

 以前、夫の勤続祝いのリフレッシュ休暇でイタリア旅行へ行く際に母に頼まれて、両親と私たち夫婦でツアーに参加した事がありました。娘が高学年になるまで、夫が車で海やスキーに両親も一緒に連れて行ってくれていました。やがて、、、

母:「あの人(私の夫)と旅行すると疲れるから、もう一緒に行動したくない。□□(私の娘の名前)ちゃんも大変だね」

私:「あの人は計画通りスピーディーに進行させたいの。人には良い所と悪い所があるの。だから全部否定しないで。イタリア旅行だって一緒に行ってくれたでしょ」

母:「それは別」

私:「お母さんがうちの夫と旅行しないって言ったら、お父さんまで行きたくても行けなくなるよ」

父:「旅行はともかく、親がお前のだんなさんを嫌ったら、お前が悲しいだろう、、、」

私:「、、、(泣きそうになって声が出ない)」

 

 私の家族と両親は、一緒に旅行をしなくなりました。次兄が家族旅行に時折一緒に両親を連れて行ってくれていましたが、母がお嫁さんとペースが合わないと言って、やはり行かなくなりました。

 母は自分の友人とよく旅行に出掛けていましたが、友人が病気や高齢となり、行かなくなりました。

 結局、父も母も旅行に出なくなりました。(仲が良くないので、夫婦で外出は基本的にしない)

 

 

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話 長くない?

 私も長年の蓄積でしょうか。母が私の事を後回しにしたり軽んじているのは、うすうす気が付いていました。2年前も私が熟考した上で提案したり、約束した事を母は軽くあしらいました。

 それどころか、長兄が実家に残した家具や荷物は、口では片付けると言い続けて、結局、引越日にもリフォームの日にも放置で片付けは実行されませんでした。とうとう、住宅リースの業者が有料で撤去する有様でした。下手したら息子の私物、残置物の撤去費用を親が支払ってませんか?息子は親や妹に迷惑をかけたのに、あやまってもいません。親は叱ってもいないし、尻ぬぐいもさせていない。それどころか家賃収入をプール金にする事まで許してしまった、、、

 

 

 そんなわだかまりを必死に押さえ込んでいる私に向かって、、、

母:「○○(長男の名前)がこう言うから、△△(私の名前)こうしてちょうだい」

 なんか、私、もう限界でした。

私:「もういい加減にして!何で○○に言われたからって、私が小間使いにされなきゃならないの?○○に言われて、急に新しい物を買いに行くんじゃなくて、もっとちゃんとしてくれない?長年の蓄積?言い訳してないで妻として最低限の事、やったらどうなの?ちゃんと地に足つけた生活してよ!こんなに怒ってる私の気持ちも少しは考えてよっ!!」

 母は私の剣幕に固まるばかり、、、

 私はこのまま自宅へ帰る事も考えたが、一旦近くの地区センターに行って頭を冷やす事にしました。

私:「ちょっと地区センターに一つ確認しに行って来る」

母:「じゃあ、ついでにお昼に何か買って来て」

私の心の声:〔マンションの目の前が食品スーパーなのに、この状況でも私をパシリに使うのね。〕

 毎回私がお昼を買って来たり、お店に連れて行ったりしています。母が私の為にお昼を用意する事はほとんどありません。

私:「あっそう、いつもの事だけど、今日はさすがにあきれるわ(怒)」

 私はサイフとバッグを持って外に出ました。心配した父も後を追って来ました。

私:「私もう無理。お母さんの事、我慢できない」

父:「お父さんはもう50年以上、お母さんの事、我慢してるんだよ。お前は若いんだから、お母さんに譲歩してあげて。お前の事、頼りにしてるんだよ」

私:「違う。私は母にいい様に利用されてるだけ。私のアドバイス全く聞かないし、お父さんの事も大事にしない。私があんなに怒ってるのにわかろうともしない、、、もう、いいよ」

 私は地区センターの用事を済ませ、少し先のスーパーでお昼用にお寿司やおはぎ、自宅用の野菜を買って、親の待つマンションへ向かいました。その途中、買ってエコバッグに入れたはずの長ネギがなくなっていました。通った道を戻っても長ネギは見当たりません。あんなに目立つものを落としたのに見つからないなんて、、、仕方がないのであきらめました。

 私と父と母で、私が買って来たお寿司とおはぎを食べて、私は早々に帰る事にしました。

母:「マンションの更新だから、身元引き受け人の書類を書いて行って」

 私は書類を書き終え、帰り支度をして言いました。

私:「手みやげのシャインマスカット、1房2000円位するから心して食べて」

 私は玄関で靴をはき、母をにらみつけてからドアを閉めました。

私:「さようならっ!(独り言)」

 結局、私が怒って悲しんで、空回りしてるだけ、、、母は何も認めてくれないし、私がほしいものは、もらえないんだ。気持ちをくんで、あやまってくれるだけでいいのに、、、

 もうお母さんの事は、あきらめた方がいいんだね。私は、あの日、母への未練と長ネギを道に落としてきました。

 ・・・

 

 それから一ヶ月ほど経ち、傷心の私を心配して電話をくれた父と二人で食事に行きました。そして、いきなり父が1500万円相当の株券のコピーを私に見せました。

父:「これをお前の名義に変更するよ」

 それは父の私への愛でした。

私:「いいよ。いらない。気持ちだけ受け取っておくよ」

 私は必死に涙をこらえました。それは父の愛であり、母からの愛を得られない私へのなぐさめでもありました。

私:「しばらく母には会いたくない」

 

 帰宅後、夫に父との出来事を話しました。

夫:「お父さんは何とかしてキミヘの気持ちを伝えたかったんだね」

私:「そうだね。伝わったよ、、、やっぱり、1500万もらっておけば良かったかなぁ」

 

今日のまとめ
  • 何か悲しい事や嫌な事、嫌いな人がいても、その執着を手放すと自分がラクになります。
  • 私は、母の息子と娘に対する態度の違いに嫌気がさしました。
  • 親不孝だとしても、自分の気持ちに切りがつくまで、母には会いたくありません。