住宅ローンをスピード完済した家

地球にやさしく貯金も増える暮らし

病院 こうそく帯 あなたの知らない世界

こんにちは

 現実にある恐い話をします。 とは言っても怪談ではなくて、人の末路、年老いた時の話です。私のブログでは高齢者の話題がよく出ていますが、他人ごとではなく、親、身内、そしていつか自分も老人になる日が必ず来ます!

 

自分が選ぶならグループホームかな

 80代90代になっても元気に暮らしている高齢者は多いです。幸い、私と夫の両親は70代80代ですが、自宅で生活できており、体に不自由な所はありません。

 私の祖母は97歳でグループホームへ、おばは75歳で民間の老人ホームへ、おじは74歳で高齢者施設へ入り、約1年後に病院へ移りました 。私は孫・めいという立場なので、入居前に支払う額や月々かかる費用などはわかりません。

 ただ、それぞれの施設を実際に訪問し、自分が入居することを想定したなら、私はグループホームを選ぶと思います。率直にグループホームには家庭的な雰囲気があります。

 食事はホームのキッチンで手作りされて、入居者もスタッフも同じものを一緒に食べていました 。見渡せる広さのリビングで、入居者も職員も声が届く空間を共有でき、親近感を持ちやすいと感じました。

 老人ホームでは規模が大きくなり、食事も外部発注したものが届いて配膳されるので、どうしても味が落ちます。 1フロアにつき食事をする人数も増えるので、食堂と言うか病院と言うか…家庭的な雰囲気にはなりにくいです。

 

介護スタッフは重労働 人間性も問われる

 ただ最後は、スタッフ個人の人間性が問われるかもしれません。いくら仕事とはいえ、複数の身内でもない老人のお世話をするのは、精神的にも体力的にも非常に大変だと思います 。

 祖母の入居していたグループホームで「この人、大丈夫かな?」と私が思うスタッフの方がいました。 食事やトイレの介護の際に入居者に対して「しっかりしろ」的な態度がその方からにじみ出てしまっているのです。

 私の祖母がそのスタッフに向かって「もう!手荒に扱わないでよ!」と怒ったこともありました。

 一方で、新たに就職された若いスタッフの方が「おばあちゃんがさみしがった時に見せるので写真を撮らせて下さい。」と言って、孫の私の写真を撮ってくれました。

 そのスタッフの方が「おばあちゃん、ちょっとズボンが汚れてしまったのでお着替えしてきますね。」と言ってやさしくお世話をしてくださったのが印象に残っています。


f:id:midoer:20190802105314j:image

昔話?現実にもある?「うば捨て山」知っていますか

 おじの話をします。おじは下半身が不自由になり、高齢者施設へ入居しました。ほどなくして妻をがんで亡くし、それを境におじの精神が不安定になり、拘束帯(こうそくたい)の使用が可能な病院へ移されたと聞きました 。

 おばの葬儀の時、車イスに座るおじは、風貌が全く別人になっていました。おじの兄弟ですら「あんなになっちゃって…」とあきらめムードでした 。

 私は、おじの視線に腰を落とし、おじの目を見て「おじさん、辛いですけど、今日よろしくお願いします。」とゆっくり話しかけました。そうしたらゆっくりですが、おじが 「あー○○さん、ちゃんとわかってるよ…」そう言いました。

 おじは、体を動かしたり、表情を出したり、意思を示すのが大変になっていだけでした。反応示すのが難しいだけで、周りの言うことはちゃんとわかっていたのです。

 おばの葬儀から半年後、おじのお見舞いに身内4人で病院を訪れました。そこは内科他複数の科が外来も行う、ごく普通の病院でした。しかしエレベーターで入院病棟のフロアへ降りるとすぐに、私たちはその異様さに気がつきました。

 エレベーターを降りると目の前に、壁とドアとインターホンがあります。 面会者はインターホンで中に入れてもらうシステムのようです。 まずそのフロアに入った途端に ふん尿の臭いが 漂っていました。

 インターホンで職員にフロア内に入れてもらうと、テレビとテーブルとイスだけが並ぶ、殺風景なスペースに入院患者が集められていました。 みなさん病院のレンタルの寝巻きを着用されていました。

 おじを探していると、知らないおばあさんが私たちに向かって「帰れ!何で来たんだ。帰れ!」としきりに言ってきます 。車イスに座ったおじを見つけると、話をするために病室へと私たちは車イスを押して行きました。 見かけた病室内には誰もいません。

 どうやら…管理しやすいように一箇所のスペースに患者が集められていると想像できます 。とりあえず静かな病室で、私たち4人でおじと面会をし、話を始めました。

 おじは、うなずいたりオウム返しをするばかりで、私たちの言うことが伝わっているのかイマイチ分かりません。筆談を試みるも、意思の疎通が取れているのか疑問です。 私が「病院にコミュニケーションボードがあるか聞いてくる」と言って行こうとすると、他の3人に呼び止められました 。

 結局、おじには会えたものの、うまくコミュニケーションが取れずに病院を後にしました。 おじは、それから2ヶ月後に亡くなりました。 食べ物をか何かをノドに詰まらせたことが死因と聞きました。まだ76歳でした。

 

 日本昔話で「うば捨て山」という話を聞いたことがありますか?言葉は悪いですが、私はおじがいた所は「人捨て場」だと思いました。とても恐いと感じました。

 私は、グループホームや老人ホームで臭いと思ったことは、ほとんどありません。もしトイレで用が足せずにオムツにしてしまっても、その時点で交換してくれて、そのままにするということはありませんでした。( 他の施設はどうか分かりませんが…)

 一方病院では、1日の中でオムツを交換する時間・回数が決まっているようです。 患者自身がトイレに行ける人も含めて、異臭の漂うスペースに集められており、職員は一人残らず別室のスタッフルームにいました。

 患者それぞれの意向に関係なく、唯一あるテレビには野球放送が映っていました。 新聞雑誌、本もないスペースに、寝巻きの患者さんたちが目に力もなく、そこに仕方なくいました 。ごめんなさい。私はそう感じました 。

 到着時、職員の方が私たちをフロアに通すとすぐにスタッフルームに入ってしまい、私たちが勝手もわからずに困っていると、案内してくださった患者さんがいました 。その人の毎日や気持ちを考えるとつらいです。

 

 病室のベッドにはこうそく帯がついていました 。おじの座る車イスにもこうそく帯がついていました。

 どのような経緯で、おじの息子さん夫婦があの病院におじを移したのかは、わかりません 。当事者からすると、やむを得ない選択なのかもしれません。

 病院職員も大変な仕事だと思います。 ただ私は漠然と、あの患者さんたちのおかれた状況を 目の当たりにして、むごい!悲しい!と感じました 。足を踏み入れるまで、ああいう現実があることすら認識していませんでした 。知った以上教訓にします。

 

今日のまとめ 

  • ピンピンコロリが良いけれど、自分や親の末路は誰にもわからない。
  • 入居するならどんな高齢者施設がいいの?前もって少し調べておいて損はありません 。
  • 知らなかった恐ろしい現実が確かに存在します。